自動車祈祷をしている車(城南宮)
交通安全の神様としても有名
祈祷してもらったら安全運転でたのみますよ。

2005年新しい年の初めに去年とは違う方向性のもったサイトを立ち上げる。
地元京都について「もっと知り隊楽しみ隊の京都路地裏探検隊」
の探検リポート感覚である。隊の独断と偏見で行きたいところ見たいものきままに歩く。
なるべく既存のガイドブックや著名な書物の真似にならないように進めていきたい。
したがってまったく実際の町歩きの参考や手引きにはなりませんのであしからず。


城南宮(箇条書き)

●神功皇后のいくさ船の上に立てられた御旗を八千矛神らの神霊と合わせ祀ったのが初め
●国常立神と合祀り平安京の守護神とする
●鳥羽伏見の戦いには官軍の陣所となる
●白河上皇が当地に鳥羽殿を造営したの時、鎮守社として祀った
●方除けの神として信仰がふかく、庭園「楽水苑」として名高い
■曲水の宴4月29日、11月3日・湯立神楽1月20日




本殿は昭和52年に焼失したため翌年近藤豊博士の指導で再建された。三間社流造。その前に入母屋造り、軒唐破風付一軒の向拝を持つ複雑な様式。
 
拝殿。こちらには伏見の銘酒などが
たくさんお供えされている。

城南宮さんには毎年初詣でには欠かさず参っている。
車が停められて、そんなに混んでいないし大きさもおてごろな割りに
名前は通っている。つまりおとくな神様なのだ。
最初はどこでもいいのだが何度も足を運び
厄には厄払い、引越しの方除けなどでご祈祷も
うけたりしていると不思議なものでいつのまにかなじみの神様になってしまう。
常の年はそんなんでちょこっといって詣でるだけなのだが、
ちょっと特別な年には拝殿まではいって祈祷を受ける。
そうすると順番をまって神妙に神官の祝詞に耳を傾ける。
(自分の名前、住所、年齢など読み上げられるのをしっかり聞く)
それから神様のお下がり物をいただいてから、庭園「楽水苑」を拝観する。
見学してから茶室でお茶をいただいくフルコースとなる。
今年は何も特別なことがないので簡単にすませる。


横断歩道で国道1号線を渡る
向うに見える古い民家国道1号線が拡幅される
前からあるのだろう


横断歩道からみた北側には名神高速道路
京都南インターチェンジがすぐ。
昔も今もここ鳥羽は交通の要所
交通の便がいいので城南宮さんの参拝は
大阪、枚方あたりからも多い

横断歩道を渡って降りると「とわのかけはし」
と立派な銘板が取り付けてあった。
ううんさずが・・・なにがさすがかわからない
がただの横断歩道ではないのである
「とわのかけはし」なのだ


そして城南宮さん詣でを
すませたら近所の
鳥羽の作り道の
名物「おせき餅」
がおすすめである。
上品な甘さのこしあんを餅
にまぶしたもので
たいへんおいしい。
江戸時代におせきという
美人でこころやさしい娘が、
編笠に餅をならべて
売っていたのがはじまりで
今は17代目にあたるらしい。
前は正月休んでいてがっかり
だったけどここ最近は
元旦からやっている。

おせきもち

075-611-3078
定休日 月、火
営業時間 8:30AM〜6:00PM
  名物おせきもち店先

おせきもち


槌音も軽やかに建設が進む
りっぱなものだが誰がお金だすの
わしゃしらん

  城南宮の北側は京都では最大級のラブホテル街になっている。
このあたりをレポートするといずれ城南宮ではなく女難宮になってしまうのでやめておこう。
(この洒落が書きたかったのでこの文章をいれた。すんません)
そのホテル街を横目でみながら新油小路にでる。ここはいま阪神高速京都線の工事の最中である。土木工学の粋をあつめた大工事で見ごたえはあるのだが、ほんとにこんな巨大な高速道路が必要なのだろうか。こんな予算があるのなら小椋池でもに巨大な駐車場を設けてそこへ地下鉄烏丸線を南進させる。またかつての路面電車の外輪線を復活、必要に応じて次世代型路面電車(LRT)を走らせる。観光地へは旧型路面電車を復元する。京都観光へ来た観光客には駐車場で駐車代として観光チケットと市内交通パスを購入してもらう。それで市内の提携観光施設、寺社拝観、土産物販の購入に当ててもらうのどうだろう。シーズンの市内へ車で入っては渋滞に巻き込まれて往復4時間観光1時間の現実をアピールするのも必要だろう。これでみんなにいいはずのにのそれではおいしくない人がいるのだろうか。

安楽寿院の門と注連縄
   さてさてその高速道路をこえると北向不動尊と安楽寿院。まずは安楽寿院を覗いてみる。参道には「猫に餌をやらないでください」の看板。まあひっそりした参道なのでそういうとこもあろうか。などと思っていると見えてきた。観光寺以外は結構お寺さんは入りにくいものである。ここも門の手前に柵がされているので外から眺めることにする。そのよこには鳥羽離宮跡の説明する大層立派なプレートが設置されている。それ以外に特にめぼしいものなさそうなので次の北向不動尊にむかってしまった。しまった。あとから参考書物を見て気がついたのだがここで一番の見所近衛天皇安楽寿院南陵と呼ばれる、綺麗な二層の多宝塔があったのだ。いつもこの南を通る城南宮道を車で走るときには眺めていた塔なのに残念なことをした。

安楽寿院(箇条書き)

●真言宗智山派・本尊は阿弥陀如来
●保延三年(1137)に鳥羽上皇が鳥羽殿に御堂を建立したのに由来
●鳥羽伏見の戦いには官軍の大本陣となるが幸い兵火はまぬがれる
●美福門院徳子(鳥羽上皇の中宮)が新御塔を建てる
●江戸時代は塔頭もある大寺院で多くの学匠を輩出



安楽寿院からすぐ西にあるのが北向不動尊。およその境内で祭神、本尊は南面をして北向きになって
拝むのが普通のスタイル。それ以外の向きにはなにかしらその理由があってそれがまたいわれとなって
興味を引くところ。それを期待していったのだか何も特別に書いていなかった。
まあいかにもそれらしく書いてあるのも品がないものである。
後から調べてみると鳥羽上皇の勅願で興教大師覚鑁(かくばん)をして一体の不動明王像を作り
、王城守護のため北向き(御所からみて本尊が正面になる)に安置したのが起こり。




北向不動尊
 
伏見酒どころの銘酒のこもかぶりのお供え
 

北向不動尊(箇条書き)

●元天台宗延暦寺派で今は単立寺院
●鳥羽上皇の勅願で興教大師覚鑁による
■鳥羽上皇の誕生日に「一願の護摩」1月16日

 

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